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日本人のアルコール代謝の低下が“適応進化”とは何事ぞ!これは退化だ [公共]

 「全ゲノムシークエンス解析で日本人の適応進化を解明-アルコール・栄養代謝に関わる遺伝的変異が適応進化の対象-」と題して、理化学研究所ほか3機関の共同研究が発表された。
 これはネットニュース「酒に弱い日本人が増えるよう「進化」 遺伝情報から判明」で知ったのだが、表題・見出しの“進化”という表現には恐れ入った。あきれて物が言えない。

 論文の要旨の中で、「生物の性質が、世代を経るごとに周囲の環境に対応して変化する現象を、適応進化と呼びます。」と定義されているが、客観論からして、これは「適応進化」ではなくて「適応変異」と呼ぶべきだ。
 そうした「適応変異」の中で優れたものを「適応進化」と呼び、失っていくものは「適応退化」と呼ぶのが正しいだろう。つまり、変異には進化と退化の両方があるのである。

 どう考えたって、アルコールの消化能力が落ちるということは退化以外のなにものでもない。いい例が、霊長類の過半が失ったビタミンC合成酵素の喪失である。たいていの哺乳類はこれを持っているのであるが、ヒトは完璧に失っており、ビタミンCを含有した植物性の食べ物を摂取せねば生きていけない。これを「進化」と言えるのか。「退化」以外のなにものでもないではないか。

 人間はいかにも横柄である。ヒトと最も近い種のチンパンジーと比較して、違いがある形質を皆、これ「進化」したと言う。人種(今ではチンパンジーも1頭2頭と呼ぶのではなく1人2人と呼ぶ)差別も甚だしいではないか。
 体毛が抜け落ちて丸裸になった猿を進化したというのか。フェロモンを嗅ぎ分けて仲間か新参者かを判別する能力を失った者を進化したと言うのか。敵をやっつけるための鋭い牙を失った者を進化したというのか。チンパンジーの握力は普通2~300kgあるのに対し、ヒトは50kgほどしかないのだが、ひ弱な筋肉になったのを進化したというのか。塩分を過剰に摂取してしまい、体内塩分の調節機能を不完全にしてしまったのを進化というのか。
 このように、ヒトはチンパンジーに比べて、あまりにも劣るのであり、唯一「進化」したと言えそうな脳力であるが、これとてヒトは単に脳味噌の量が多いだけのことであって、チンパンジーに効果的な学習訓練を積み重ねてやれば、ヒトとどっこいどっこいの脳力を発揮するようになるのではないかと思えてならない。

 裸の猿(人間)は、もう少し謙虚にならねばいかんだろう。

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モリカケ問題、文書捏造で漂流する日本列島、このままでは沈没か? [公共]

政治にはうんざりし、実質上は無関心層と同じ状態にある小生。で、あっても、世の中の動きをどれだけかは把握しておかねばならぬ。そこで、新聞はもう2年以上読まなくなったものの、ネットニュースは毎日ちょこちょこっと眺め、また、右翼・左翼の両極の政治評論家の論評をざっと読んだりしている。

そうして得た情報、薄っぺらな大雑把なつかみではあるが、ますます政治にウンザリしてきたこの頃である。
安倍さんは、前に首相になったときから不適格者だと小生は思っているが、安倍さん以上の人物は誰もいないのだから、彼に首領を任せるしかない。これは明白であろう。
阿部さんのモリカケ問題で、政治は空転している。たしかに口利きしたであろうが、それがどうした、と言いたい。政治家に口利きは付き物じゃないか。そんなものはとてもじゃないが贈収賄の範疇には入らない。1国の首領の贈収賄というものは、歴代韓国大統領のような億、十億という金額を言うのであり、また、米国のような億、十億という政治献金を言うのである。前者は逮捕されるが、後者は正当なものとして罪にはならない。
ここらあたりをちゃんと踏まえて、安倍さんがどうなのか、それを正当に評価せねばいかんのである。

本省官僚、地方官僚も情けない。文書捏造とはなんたることだ。そもそも、あれこれ文書に書き過ぎるからいかんのだ。小生も21年間、地方官僚をやっていたが、政治家がらみの案件は、口頭で言うだけで文書には一切記さなかった。それが行政官の政治家に対する礼儀というものだろう。
「首相案件」なんてことを文書にするのもアホのやることだ。口頭で済ませば十分。
地方官僚を中途退職して四半世紀になるが、行政文書の公開が進んでいる今日、文書は極力当たり障りのない内容とし、添付資料なんてものは、起案者の手持ち資料として扱い、決裁文書に一切くっつけてはならない性質のものだ。決裁が下りたら手持ち資料はシュレッダーにかけて処分すべし、である。
そうした資料を後生大事に決裁文書に付けて保存しておくというのは、何かあったときにそれを持ち出して“政治家をゆする武器”にしようという魂胆があるからじゃないのか。官僚も落ちるところまで落ちた情けない存在だ。政治家に対する礼儀というものが丸でない。

政治の空転は早々に終えてほしいものだ。
憲法改正は、9条にあらたに第3項を追記して自衛隊を明記する案が固まりつつあるも、なぜにこんなな案が出てくるのか。
憲法9条と自衛隊の存在という相矛盾する大問題は、だれが考えたって、どうにかせねばならない事項である。なぜならば、憲法ってなんだ?ということになるからである。小学生に聞いてみればいい。“9条2項で軍隊はだめだと書いてあるけれど3項で軍隊を置くなんて、矛盾してる。そんな訳の分からない憲法なんて、ないのと一緒だよ。憲法は103条まであり、9条以外も意味がないものになっちゃうよ。”と小学生はいうだろう。これに納得のいく解答が示せるだろうか。
先の大戦に限らず近代の戦争に関して、ちゃんとした歴史認識を持たねばいかんだろう。今でも侵略戦争は世界中でやっている。アメリカ、ロシア、中国という3大国が絡むケースが圧倒的に多い。超大国の覇権主義は将来的にも強まりこそすれ弱まることはない。
それに日本はどう対処するのか。そこのところをしっかり議論してから、憲法9条をどうするのか決めるべき性質のものである。先の大戦の反省だとか、アメリカから押し付けられた条文だとか、そんな大昔のことはどうでもいい。将来を見据えて日本がどう動くのか、そこが重要じゃないのか。

働き方改革というのも重要な課題だ。
しかし、日本はいつから「労働」だとか「従業」という言葉に支配されるようになってしまったのか、ここのところをしっかり押さえてかからねばなるまい。「はたらく」とは何か、「仕事」とは、「職」とは、こうしたことについて、日本の文化はどういうものであったのか、その文化を変えるのか守るのか、そうした根底のところから考えねばなるまい。
欧米の「労働」だとか「従業」という言葉は、その根底に「奴隷=労働」という考えがあり、労働は卑しいものという観念がある。日本もそこらかスタートして、はたしていいのか。いいわけないだろう。
労働力が不足するようになるから年寄りも働けだとか、非正規社員がかわいそうだから正規にしろとか、そんな付け焼刃的対策をいくら推し進めようとしたって、今の流れは容易には変えられない。根底から見直して、日本文化に根差した働きやすい環境づくりを政策として樹立するしかないのではないか。

少子化に絡む待機児童問題でも一言言いたい。
小中学校は義務教育で、該当年齢になったら誰でも入学できる。小学校入学待機なんてことは一切ない。それが保育所は待機せねばならないことがある。そんなバカな話があっていいのか。まさに「保育園落ちた日本しね」である。
おぎゃあと生まれた赤ちゃんを小学校に入学させるまでの社会的責任は、義務教育を貫徹する以上に重要な責務であろう。若者が安心して子造りできる社会にすることが何よりも一番重要なことであり、それに必要な政府予算が組めないというのであれば、年寄り向けの政府予算を減ずればいいのである。子どもが大事か年寄りが大事か、そんなことは明々白々である。

他にも言いたいことが山ほどあるが、これくらいにしておこう。なんにしても、課題の根本のところから議論を進めないと何も生まれない。少しはそうした議論を聞きたいものだ。

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靴を履き間違えて帰った奴がいる [事件]

 昨日、地元の寄合の懇親会、23名の出席であったが、残り数名となったところで、ボツボツ帰らねばと靴を履こうとしたのだが、自分の靴がない!
 残っていた人に確認したところ、1足、所有者不明の靴があった。女物の靴である。
 女性の出席者はたしか4名。その中の誰かが小生の靴を間違えて履いていったのだろう。小生がその日に履いていった靴は足にぴったりフィットする小振りの靴であったから、女性が間違えて履いていったに違いない。
 料理屋の女将に、“たぶん誰か申し出てくるだろうから、預かっておいてほしい。代わりにスリッパでも貸してよ。”と頼み、スリッパで帰った。
 さて、今日、お昼過ぎに料理屋へ行くと、女将が“誰もこんかった。”と言う。そこで、靴を持って、女性の出席者4名の家に順次訪問。
 “この靴。ひょっとして、昨日、間違えて履いていかんかった?”と問うも、“いや、これ、自分のじゃない。”との返答。最後の4人目も、同じ返答。
 じゃあ、これは誰か男が履いてきたのか。誰だ、間違えたのは。履いてみると、足の小さい小生とて、きつくてパンパンになる。
 こんな小さな足をしている男と言うと、???
 まあ、しゃあない。4月8日に共同作業があるから、昨日とほぼ同じメンバーが集まろう。その場へ持って言って“誰だ、間違えたのは?”と聞いてみるか。
 別の地元の寄合で、いっちょうらの靴を間違えられて履いていかれてしまい、他人のボロ靴を履いて帰らねばならなかったことがある。申し出なしだ。頭にきた。それ以来、こうした寄合には上等の靴は履いていかないことにしているが、ボロ靴が傷んでしまい、まま上等の靴を履いていった。
 くやしーい!!
 今度からは、少し大きめの洗濯バサミを持っていって、それで挟んでおけば間違えられることはなかろう。そうした自衛手段を取らねば、2度あることは3度あるだ。
 
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どうやら報道管制がブログの世界にも敷かれているようだ [公共]

 小生のメインブログ「薬屋のおやじのボヤキ 」は1年ほど前までは毎日2000人近いアクセスがあった。
 そのブログの趣旨は、「公的健康情報には嘘が多くて、それがためにストレスを抱え、ボヤキながら真の健康情報をつかみ取り、発信しています。」というもので、高血圧、コレステロール値、胃薬、ヨーグルトなどの情報の間違いをズバズバと指摘しており、特に例示したものに関する記事のアクセス数が常時断然に多い。
 その後、ここ1、2年、目新しい記事を投稿していないので漸減したものの、12月に入った時点では毎日コンスタントに1000人強のアクセスがあった。
 ところが、12月9日に初めて1000人の大台を割り込んで948人となり、翌日はもっと減って735人となった。そして、その後は700人前後で推移している。
 急減したのは、“カウンターが故障してんじゃねえの?”と、最初疑ったのであるが、そうではなさそうだ。陰謀説が浮かび上がったのである。それを知ったのは今日のこと。
 自ら「キチガイ医」と自称しておられる内海聡氏で、そのブログに次の件があります。

 「…特に医療系の記事を発信している人はフォロワーが減っているのですが、…実はこれは世界戦略であり、グーグルの検索戦略につながっています。その裏にはあるシナリオが見えてきます。この現象の中で唯一といってもいいくらい激増を繰り返しているのが、やはり安倍晋三と安倍昭恵。…増えているヘビーユーザーはみな要注意人物か、体制真っ只中の人だと考えたほうがいいでしょう。」

 なんだか眉唾物ですが、内海聡氏のブログと同様に小生のブログも当局からにらまれるようになったのであれば、これまた光栄なことです。
(参考)内海聡氏の「うつみん(内海聡)のブログ」最新記事
    FBの動きとフォロワー数減少について

(備考)
 ページアクセスが急減した別立てブログ「薬屋のおやじのボヤキ」の主要記事
 高血圧は健康で長生きできます。血圧の薬は飲んじゃダメ。中高年は180でも大丈夫。(改訂版)
 コレステロール降下剤は毒薬。更年期すぎの女性は飲んじゃダメ!(改訂版) 
 ヨーグルトは体にいいのか悪いのか、その答えは明らかです
 胃薬を飲めば飲むほど胃は悪くなる(付記:お茶も薬のうち)
 インフルエンザは単なる風邪の一種ですから、むやみに医者の薬を飲んではなりません

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腹がたつなあ、最近の天気 [天気]

 お天道様に文句を言ったって始まらないが、“腹がたつなあ、最近の天気”である。
 小生が集中して畑仕事ができるのは、当店定休日の日月である。この前の日月も、その前の日月も雨にたたれたし、今度の日月も雨模様だ。こんな時期に2週連続して台風が来るとは恐れ入る。
 店は暇だから、営業日に百姓仕事をすればいいのだが、ここのところ雨がけっこう降り、土が湿りすぎているから、ネギの土寄せがしづらいし、土壌改良のための刻み藁のすき込みもかなりの力がいる。これらは直ぐにでもせねばならない仕事だ。
 加えて、11月7日過ぎにはエンドウの種蒔きとたまねぎ苗の植え付けをせねばならないが、畝整形がまだできていない。11月5、6日の日月は出かけるから百姓仕事はできないし、月初めはセールでお客さんが多いから店にべったり張り付かねばならぬ。
 早朝に畑に行くしかなくなる。これからの時期、寒いぞ! まいった~。 なんともならんわ。
 明後日の土曜日に、店は女房に任せて、やれるだけやるしかないが、どこまでできるか。
 まーず、腹がたつなあ、最近の天気。
 ええかげんにせえ、お天道!
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気象庁は梅雨入り梅雨明けをなぜ訂正しないの? [天気]

 東海地方の今年の梅雨入りは6月7日であった。翌8日は曇がちで、なるほど梅雨入りしたかと思わせられたのだが、9日以降はほとんどの日が晴天であり、とても梅雨入りしたとは感じなかった。やっと21日に大雨があり、その後は曇の日が大半で雨の日もどれだけかあり、これで梅雨になったという感がした。
 「今年の梅雨入り6月7日は間違いであり、正しくは6月21日である」と訂正していただきたいものだ。しかし、それは全然なされていない。その昔は、今のように「梅雨入りしたと思われます」なんていいかげんな表現ではなく、「梅雨入り宣言」と格好良くなされたものだ。よって、訂正ということもまれにではあったが行われた。気象庁が頭を下げて“申し訳ありませんでした”と言うのもなかなかいいもんではないか。こうした非を認めても誰もああじゃこうじゃ言うものではない。相手はお天道様だからそういうこともままある。“気象庁よ、よくぞ頭を下げた。感心感心。ご苦労”と、かえって労わりの言葉が投げかけられようというもの。
 さて、今度は今年の梅雨明けだ。例によって気象庁は、東海地方の今年の梅雨明けは「7月19日に梅雨明けしたと思われます」ときた。ところが、その後はパッとしない日ばかりで雨の日も多い。まだまだ梅雨といった状態が延々と続いた。やっと7月31日になって、予報が完全に外れてけっこうな好天となった。翌8月1日は完全な晴、予報ではずっと晴が続く。ということは、7月31日が梅雨明け宣言となる。
 2、3日経ってからでもいいが、梅雨明けの訂正をしていただきたいものだ。そのあと、6日7日は雨模様となるが、これは台風の影響であり、梅雨明けしたから台風も来るということで何ら問題はないのである。
 去年も今年とよく似た状態であった。こんなことが続くようであれば、気象庁は「梅雨明け」「梅雨入り」なんて一切言わないで、夏が終わる頃に「梅雨明け日」「梅雨入り日」まれには「梅雨なし」の記録だけ残して、それを元にして「梅雨入り平年日」「梅雨明け平年日」を定めていただいたほうがいい。そのほうが「梅雨明け日」「梅雨入り日」の心づもりができて、農作業の予定も立てやすくなろうというものだ。
 気象庁よ、百姓の身にもなってくれ!と叫びたい。
 そう言やあ、俺は薬屋でもあった。梅雨明け、梅雨入りが大幅に動くと薬の売れ方にも影響する。仕入れを考えねばならぬ。まあ、うちは大して売れないからいいが、量販店のドラッグストアはきっと困っていると思うよ。

東京オリンピックがやってくると愛煙家はペシャンコにされてしまう [公共]

 団塊世代68歳の小生、喫煙歴はちょうど50年となった。
 高校生のとき、親父のタバコをくすねて吸ってみたが、むせ返って喉がヒリヒリ。こんなもの吸えるか、であり、そのときはタバコなんて吸おうとは思わなかった。しかし、大学に入り、完成が遅れていた大学寮に5月から入居し、皆が順々にタバコを吸うようになって、小生も“大人の仲間入りをしなきゃ”とタバコを吸い始める。最初はハイライトだった。かなり強いタバコで、今でも売られているが、慣れないうちは煙を肺まで入れず、口の中でプカプカやっていただけだった。でも、すぐに慣れ、普通に吸えるようになった。
 今では、こんな強いタバコを吸おうものなら喉がヒリヒリし、もう受け付けない。今はタール6mg程度のものが小生の喉にやさしい。

 ヘビースモーカーの小生。デスクワークをしていたサラリーマン時代、1日4箱はハイライトを吸っていた。薬屋稼業になってからも1日2箱半は必要としていたが、最近はストレスがあまり掛からなくなり、また閉店後は居室での喫煙を止めたから、1日1箱半といったところまで本数が減った。
 この50年間、1日平均3箱を吸ったとして、今現在の価格で計算すると、何と総額2千万円、うち税金1千万円! よくぞこれだけ高額の税金を納めたものだと我ながら感心させられる。これからも、飽きることなく毎日コツコツと納税し、これは死ぬまで続けることになるに違いない。

 今日情勢は、喫煙者が一人減り、また一人減りと、愛煙家にとっては何とも寂しいかぎりである。あれこれ会合があっても、10人程度の集まりであると、小生の他は喫煙者が1人いるかいないかといった状態だ。こうしたことから、実に肩身の狭い思いをさせられる。たばこは健康に悪い、副流煙でがんになる、近くで吸われると煙たい、などと攻撃されて、散々な目に遭うから、恐れ入る。
 この世の中、何もかもクリーンになり過ぎて、煙が目の仇にされ、ダイオキシン問題で野焼きが大幅に制限されてしまい、今度は副流煙だ。これらは多少の我慢をすべきものだろう。野焼きで健康を害するものではなく、ダイオキシンだって当時騒がれたほどの害は全然ないことが判明しているし、たばこの副流煙となると捏造データでもってがんになると言っているだけだ。
 もっとも、喘息患者など煙に敏感に反応する方もいらっしゃる。そうした方々には個々の対応が求められようが、それはそれ、そうでない方はある程度の我慢をしてくださっても良かろうというものだ。

 こうした主張が通らなくなっている現在であり、東京オリンピックを契機に嫌煙権という権力が一段と高まりをみせるのは時代の流れとして受け止めねばならないのは分かっている。
 タバコの煙の臭いが嫌い、単にそういうことであれば、喘息患者の前ではタバコを遠慮するのと同様に、タバコを吸うのを控えねばならぬ。そうした方が増えてきているようであるから、会議や勉強会でタバコを吸うことはないし、居酒屋だって喫煙コーナーですったり、隅っこに喫煙者が集まって遠慮しつつ少ない本数しか吸わないようにしている。
 だがしかし、「タバコの副流煙を吸い込んだら、がんを発症する危険が高まるから、吸わないでくれ」というのには、少々閉口する。嫌煙権者はなんでもかんでも愛煙家を叩かねば済まない気性のようであり、「吸うのは勝手だが、煙たいから遠慮してくれ」という気遣いが全くない。

 東京オリンピック対応で、喫煙可能な場所が大幅に減らされそうだ。これでもか、これでもか、と。愛煙家はペシャンコにされてしまいそうだ。
 この世は民主主義の社会ではなかったのか。
 タバコが害になるというちゃんとした科学的根拠があるのであれば、発がん性化学物質は食品添加物としてはならないのと同様にタバコの製造を禁止すればいいのである。これで国民の健康が確保されるというものであり、愛煙家もそれを機会に禁煙に入ることができる。そうした議論を国民の間で、あるいは国会で行っていただきたいものだ。 
 ヘロインは麻薬であり、習慣性があって容易には止められず、脳の神経伝達回路を破壊し、やがて廃人にしてしまうものだから禁止されているのだが、麻薬様物質であるアルコールやニコチンはそうしたことがなく、世界的にはマリファナもこれらと同質のものとして解禁の方向にある。つまり嗜好品の扱いを受ける酒やタバコそしてマリファナであり、周りの人がとやかく言う性質のものではないのは、はっきりしていよう。
 こうしたことについて、議論を深めていただきたいのである。

 もう一つ付け加えれば、カフェインとて麻薬様物質である。コーヒーや緑茶がカフェインがゆえに嗜好品となっている面が強いのである。いや、コーヒーには、緑茶には、かくかくしかじかの体にいい物質が含まれているから、タバコと同質にしないでくれ、という主張があるだろうが、タバコだって、体、特に心の健康にとてもいいものであると小生は思っている。だから、小生は毎日タバコを吸っているのである。
 加えて、朝の一服が自己検診の非常に有効な手段となる。血液検査などの定期健診より優れた検診方法であるのは間違いなかろう。
 その昔、専売公社がコマーシャルで「今日も元気だ、たばこが旨い」とか「たばこは健康のバロメーター」とやっていたが、正にそのとおりである。タバコがまずくなったら、どこか体がおかしいということになるのであり、愛煙家にとって健康管理面で大きな力となるのである。

 未定稿ではあるが、怒りを書きなぐって本来の目的を達成したから、これまでとしておこう。

悪質な無断駐車に腹が立つ [仕事のこと]

 今朝のこと、畑へ野菜の収穫に行ったら、軽トラを置く場所に、3ナンバーの大きな車がデーンと停めてあり、置くことができない。
 やむなく他人の隣の畑に一部入れ込んで停めた。
 ここは細い田舎道で道路舗装面から90cmほどが公用地となっており、あと50cmほど畑を潰して軽トラを置けるようにしている。
 お隣の畑の方にも軽トラを置いていいよと言ってある。長さ10mほどだから、軽トラ2台でいっぱいいっぱいとなる。
 この畑の斜め向かいに単身世帯用のアパートがある。駐車場はいつも満杯に近い感がする。以前にもあったが、軽トラを置く場所にアパートの住民が車をときたま置いていた。
 そのときは畑まで食い込んでの駐車ではなく、軽トラが停めにくかったが、まあ許そう、そう思っていた。
 ところが、最近、大きな車であろう、畑にさらに50cm近く踏み込んで耕地を踏み固めてしまっている。轍が幾つか残っており、度々のことだ。
 ひょっとすると毎日かもしれない。今朝、発見したとき、頭に来た。
 そこで、農作業終了後、家に帰ってメモを作り、再び畑に行って、そのメモをワイパーで挟んでおいてやった。
 “~しないでください。”とソフトタッチで書いておいたものの、再び停めてあったら“警察に通報するぞ”と書いてやろうか。あるいは、大きな紙に注意書きして糊でベッタリ貼り付けてやろうか。
 そうでもしないことには腹の虫が落ちつかない。

どうしようもない本を買ってしまった [仕事のこと]

 経験は物を言う。数え年70歳になった小生は、まだ若輩者ではあろうが、それでも、やはり経験の重みを感じており、それが自信につながる。
 さて、ある高名な医師の食事健康法をいつか買って読もうと思っていたのだが、それが延び延びになり、やっと先日買うことができた。経験豊富なベテランの医師であり、得るものが多かろうと期待し、早速読むことにした。
 例によって、ざっと読む。200ページ弱だから1時間で読めてしまった。それも、最初から赤の蛍光ペンや赤ボールペン(これはおかしい、間違っているという印)を幾箇所も引いてしまった。いつもなら、何も書き込みしないで、2回目にじっくり読むときに、蛍光ペン3色で色分けしながら書き込むのだが、今回は違った。
 一回り読み終えて、“どうしようもない本を買ってしまったなあ。こんな本は何の役にも立たん。捨ててしまおう。”と一瞬思った。加えて、その高名な医師が著者かと思いきや、いやいや単に監修しているだけで、著者は“お抱え出版社”のように思える会社となっている。こういう手抜き法もあるのだ。初めて知った。
 まあ、その方は、本が発行されたときに76歳にはなっておられ、お忙しい方だから止むを得ないかもしれないが、ちゃんとチェックしろよ、と言いたい。もっとも、ご本人が“これは正しいのだ!”と思い込んでおられるかもしれないが。
 加えて、1つの文章は内部矛盾を起こしていて、意味が通じない。編集者2人の氏名が書かれているが、何をやってるんだ、と言いたい。
 いつもだったら、“こんなどうしようもない本は捨ててしまおう”となるのだが、ちょっと待て、である。
 先日、ある新聞で、名前は忘れてしまったが、経験豊富な文筆家が次のようなことをおっしゃっていた。
 「この世には、どうしようもない本はないが、どうしようもない読み手はいる」
 となると、小生は「どうしようもない読み手」となってしまうから、本は捨ててはならぬ、もう1回り熟読しよう、と読み始めた。そして、黄色の蛍光ペン(これは面白い、初耳だ)を幾箇所か塗った。
 経験豊富な方が監修されているから、黄色の蛍光ペンを塗った箇所は間違いなかろうと思うも、裏を取らねばと、初耳の箇所についてネット検索を重ねたが、“これは早とちりだ。ピントがずれており、間違いだ。”となってしまった。
 これじゃあ、やっぱり“どうしようもない”、弱った弱った。

このブログの趣旨=怒りは「紙に書いて」しっかり解消しよう [きっかけ]

 このブログを立てたのは2013年10月2日。誰しも頭に来ることがあります。でも、いつまでもそれを根に持って、イライラしたり、どこかに八つ当たりしていては、自分が損するだけです。
 怒りにしろ何にしろ嫌なことは早く忘れるに限ります。その一番の方法は「紙に書く」ことだと教えられました。それを教えてくださったのが、「みやざき中央新聞」編集部の西畑良俊さん。(2013年9月16日号の「取材ノート」の記事)
 詳しくは、別立てブログの下記の記事をご覧ください。

    クリック ⇒ 怒りは「紙に書いて」しっかり解消しよう

 小生とて、腹が立つことは度々あります。そうしたときは、このブログに殴り書きして(キーボードが壊れるぐらいに強く叩いて)ストレスを発散することにしています。
 でも、最近は、あまり腹がたたなくなりました。これも、このブログを立ち上げたお陰か? 

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