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「忌明け50日、神社境内に入ってはならぬ」とは何とも解せん! [公共]

 9月13日に氏神様の大祭がある。1年で一番大きな行事であり、小生は神社総代長として事前準備から当日の大役の務めなど随分と責任ある仕事をせねばならない。
 ところが、おふくろが8月8日に死に、忌明け50日、神社境内に入ってはならぬ(当地の風習)となった。でも、大祭協議会の全体最終打ち合わせを8月22日に社務所で予定しており、会場を変更する面倒くささから横着して予定通り神社境内にある社務所で開催したところである。もっとも、鳥居をくぐるのは避け、社務所脇の荷物搬入口から入ることにしたが。
 その協議会において、小生は当日のみならず事前準備で神社境内に入るのも避けるべしとの結論が出て、総代長職務代理を前総代長(今年度は平総代)さんに勤めてもらうことになり、小生は陰で少々手伝うだけとなった。
 小生は総代長としての任務を放棄させられたのである。
 こんなバカな話があるか!である。

 なぜならば、神道の死生観は次のとおり忌み嫌うものではないからだ。
 「人はみな神の子であり、神のはからいによって母の胎内に宿り、この世に生まれ、この世での役割を終えると神々の住まう世界へ帰り、子孫たちを見守る守護神となる。」
 つまり、死は「神の世にお戻りなる」敬虔なものであり、180度意味が違うのである。
 本来ならば、通夜も葬儀も神社の拝殿で行わねば、死んだ人は神々の住まう世界へすんなりとは帰れないであろう。
 それが、どうだ。棺桶をそんな所へ運び込んだら、皆から「罰当たりめ!」と怒鳴られるに決まっている。また、死んだ人が出たら、その家の神棚を白い布で目隠しせねばならない風習となっている。その家の神棚にいらっしゃる守護神は、「死んだお前なんぞ見たくもない、来るな!」と言わんばかりだ。
 死んだ人がこのように神に毛嫌いされたら、とてもじゃないが神の世に戻れそうにないし、守護神にもなれそうにない。
 
 ここまでは死んだ人の取り扱いだが、ピンピン生きている家族までが、「忌明けまでは境内に入るな、神棚は目隠ししておけ」と、忌み嫌われるとは何事だ。家族に死霊が乗り移っており、神は、大の死霊嫌いで「寄るな!来るな!近寄るな!」と言っておられるのであろうか。
 
 小生は、日本人が太古の昔につくりあげた八百万神が好きだ。「好きだ」なんて言うと不謹慎だとまたまた非難を浴びようが、神社にお参りすると真摯な気持ちになれ、何か願い事を頼むのではなくて、今の自分が今の家族がこのように暮らしていられることに、ただひたすら感謝することができるのである。神様のお陰だと。
 だから、おふくろがたった10日間寝込んだだけで何の苦しみもなく大往生したことに対して、神様への報告と感謝のため、氏神様にも神棚の守護神様にもお参りしたいのだが、「神はお前を嫌っているから、参ることまかりならん。」とのことで、小生の希望は叶わぬのである。

 おかしい、どこかおかしい。神はもっと身近な存在であり、当然にして神は死を喜んで受け入れてくれる存在であるはずだ。

 「忌明け50日、神社境内に入ってはならぬ」が当地の風習だが、通常は「忌明け50日、神社に参拝するのは控える」ということのようだ。参拝するには、境内の入り口にある鳥居の前で軽く頭を下げ、境内に入るべしであり、ここから既に参拝が始まっているのだから、境内に入ってはならぬと当地では言われるのであろう。
 そこで、少々ネット検索し、こうした風習はどのようにして決められたのか調べてみた。

 古くは、奈良時代の「養老律令」、江戸時代の「服忌令」などに見ら、 現在の服忌期間の基になったものは明治7年太政官布告「服忌令」のようで、それを引き継いで戦後は神社本庁に指針のようなものがあるようだ。
 神社本庁のHPを見ても何も書かれていなかったが、ある神社のサイトによると、それは次のようなものとのこと。
 忌中(きちゅう)
 故人の死を悼み、御霊(みたま)を鎮める期間
 神事や結婚式、公の行事への出席や派手な行いを控え、慎んだ生活を送ります。
お祝い事やお宮参りなどの神事は忌明け後に延期します)
※同居家族の場合≪忌明け≫は50日(仏教では49日)
※忌服期間の目安
  親・配偶者:50日、兄弟姉妹・子供:20日、祖父母:30日、おじ・おば:20日、いとこ・甥・姪:3日

 別のある神社のサイトで、一定期間参拝してはならない理由として、次のように書かれている。
 「死」というのは穢れ(ケガレ)でもありますから、死に接してケガレの残っている間は、神社へ参拝しない、神棚も拝まないのです。神前へケガレを持ち込む事はもっともしてはいけないことですから。
 またケガレが他人へうつらないように全てのことを控えめに、慎むということになります。
 神道では、50日間の忌の後には、清め祓いをおこなって、ケガレをとりのぞきます。それ以降は神社への参拝等も通常とおりおこなえます。…
 ケガレとは罪や穢れというように、不潔、不浄というような意味です。ニュアンス的に。漢字でかくと同じになりますが汚れ(よごれ)と汚れ(けがれ)の違いは、ケガレは物理的によごれていることでなく、内面、精神面などの不潔、不浄をいうものです。
 神道、神社は清浄をもっとも大切にしますから不潔、不浄は徹底的に祓い清めます。神社では何かするときには必ずお祓いをしますが、神様にお供えする物や、神様の前に行く人に、不浄なもの、あるいはケガレのない状態でなければいけないからです。
 たとえば神主にも祭典が近づいてくると禊(みそぎ)潔斎(けっさい)があります。神社に篭もり外界との接触を絶ち、食べるものを制限したり、水や塩で身を清めたり、いろいろあります。
 神社へお参りするとき、手水舎で参拝前に手や口をすすぐのは禊祓い(みそぎ)の簡易版ってことです。…
 Q:子供を産んだばかりの女性はケガレていると言われる神社がありました。これはなぜか?
 A:死のケガレと同様に、血のケガレというものもあります。これは血そのものでなく「出血」のことです。…出産にともない出血していますから、産後間もない女性が参拝を遠慮するよう言われるのは、身内がなくなったあとしばらく遠慮するのと同じ理由です。…

 以上のような解説である。なお、当然のことであるが、残念ながら小生の疑問を解消してくれるような解説は見つからなかった。
 では、なぜにかような、あまりに神経質すぎる「穢れ忌避」を神社が徹底的に行うのか。
 これは、現在の日本人の「清潔文化」との関わりが深いことが想起される。
 もう8年以上も前のことであるが、小生の友人N君が著した社会学論文集(単行本にしたら約1300ページ)の中に「穢れ思想」に関した小論文があることを思い出した。
 表題は「3K職場を忌避する日本人」であり、その論点は違うが、その中で井沢元彦氏の著「逆説の日本史」から「穢れ思想」に関しての引用があり、それを部分的に孫引きして紹介しよう。

…「ケガレ」という思想が日本人にはある。…「罪も禍(わざわい)も過(あやまち)も皆同じ穢(けが)れで、悪霊の仕業と考える」-これがケガレ思想のエッセンスだ。これは日本史そして日本人を動かす極めて重要な原理である。…われわれは、他人が使った箸や茶碗に、その人独特の「垢(あか)」のようなものを感じている。これがケガレである。…ケガレ忌避…も、一種の信仰であり宗教だ。…平城京(奈良)に一旦都が落ち着くまでの、たび重なる遷都の理由は、…もちろん、これもケガレのせいだ。死穢(しえ・死のケガレ)を嫌ったのである。…
 そのことを念頭におけば、日本人が割箸を使うことの理由もわかるはずだ。…われわれ日本人は、人が一度使った箸は、洗っても何となく「キタナイ」と思うからだ。すなわちケガレを感じるからだ。…
…日本人は…今でもケガレというものを極端に嫌う「信仰」があり、特に古代・中世において最も嫌われたケガレは…「死穢」であったことだ。…そして、この死穢を嫌うあまり、日常的に死穢に触れる職業は差別の対象となってしまった、という事実もある。
…警察も「罪」という死穢に次いで忌み嫌われるケガレに、日常的に触れざるを得ないうえ、昔の警察は今と違って処刑部門もあるので、当然「罪人の死穢」という「二大ケガレ」に触れざるを得なくなる。こう考えてくると、武士政権以前の日本つまり平安時代の律令政府が、「なぜ公式の軍隊を持たなかったのか」「なぜ死刑制度を廃止したのか」という、他の国には見られない大きな特徴を持っていたことも理解できるはずだ。その最大の理由はケガレ思想なのである。…
…経済的に豊かになると、ハングリーな部分が消え、代わりにケガレ思想が頭をもたげてくる。中国には「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるが、日本は「衣食足りてケガレを嫌う」のである。たとえば、日本人は「死穢」を最も嫌う。だから、飛鳥・奈良時代は日本が全体として貧しい時代であったにもかかわらず、天皇一代で都を「使い捨て」た。
…文字どおり「平安」な時代になると、天皇も公家も一切武器を手にしなくなり、それどころか国を守る軍隊さえ、「ケガレ」たものとして廃止してしまう。宮中に鳥の死骸が落ちていたので大騒ぎをして、天皇以下キヨメ(ハライ・ミソギ)を行ったというのは、この時代のことである。…ケガレ忌避信仰があるから、「血」や「死」に対する異常なまでの潔癖症となるのである。
 そのために、彼等は政治という「ケガレ仕事」から、次第に遠ざかることとなる。実際行なうのは「儀式」と「歌詠(歌を詠むこと)」だけとなる。…自分たちの権力抗争さえも、自らは「手を汚さず」武士たちを雇って代理戦争させるのだ。…
…日本史における、ケガレ思想の最大の影響は、現実の政治を「ケガレ仕事」と考えるために、それを「不浄役人」に扱わせる、という政治形態ができることだ。これが日本の古代と中世を分けたのである。
…今は平和な時代だから、…若い世代は過度の潔癖症に走る。かつての平安時代の朝廷人がそうであったように。
 しかし、こんな事を続けていては、ますます世界との亀裂は深まるばかりだ。早い話が、潔癖症の若い世代は、外国人を「不潔」だと考えるようになるはずである。外国では、そんな「抗菌消毒」はしていないからだ。…国際的な水準では不潔でもなんでもないものを「不潔」と考えるような人間は、…「不潔な国々」との距離を置くようになる。
 言うまでもなく、これは「差別」の第一歩だ。
 だから、いま日本にとって急務なのは、「耐不潔」教育である。そんな「抗菌消毒」などしなくても人間は充分生きていけることを、初等・中等教育の場でしっかり教えるべきなのだ。そのためには生物学的アプローチもさることながら、そういう「潔癖症候群」の原因はケガレ思想にあり、日本特有の差別の根源であることを、歴史的な知識としてきちんと教えるべきなのである。(孫引きここまで)

 いかがでしょうか。
 その思想は崇高なる神道ではあるが、かようにして生じたケガレ信仰によって極端にねじ曲げられてしまっているのである。
 これでは、八百万神に申し訳が立たないであろう。
 小生思うに、八百万神のお考えは「人間に一切のケガレなし」である。
 こうやって整理してくると、ますます腹たつ「忌明け50日、神社境内に入ってはならぬ」である。

 参考までに、小生の「日本の神々」の捉え方は、次のとおりである。少々長いですが、お読みいただければ幸いです。
(論文「新・学問のすすめ」(平成20年4月) 第3章:思考改革は対称性の論理にあり 第4節:日本社会における対称性の思考 より抜粋)
 古来より日本人は、動植物はじめ自然物も神であり、多くの神々と一体になって平和な共同体づくりをするという「対称性の論理」のもとに、人と自然が共生を図り、豊葦原瑞穂国をつくってきたのである。そして、自然に対する畏敬の念をずっと持ち続けてきた。こうした文化を残している先進国は唯一日本だけである。
 世界には、先進諸外国をはじめ、唯一神を信仰する文化が圧倒的に多い。そうした文化は、唯一神が他の神々を皆殺しにしてしまったがゆえに、個々の自然物そのもの一つ一つに対する畏敬の念は生まれようがない。何か困ったら、手の届きそうもない唯一神にすがるしかないのである。その唯一神信仰の質が悪いところは、人間を生き物の上に置いてしまったことである。
 つまり、自然との共生を拒否したのである。なお、このことについては、同情の余地はある。激しい旱魃などの自然現象に度々苦しめられれば、大自然を恨む気持ちになってしまうからである。
 そして、旱魃を経験する中で大衆化した仏教においても、その傾向が見られる。仏を唯一神にし、ただ念仏をとなえれば救われるとするのは、全くの同類であるからだ。拝む対象は仏像の数だけいろいろあるが、それは唯一神の仏が姿を変えて登場しただけのことであり、神の子イエスと同じである。
 こうした信仰においては、自分と身近な者だけが救われればよいのであって、人と自然の共生は眼中になく、決して自然との共生は成り立ち得ないのである。
 これらの信仰は、唯一神(仏)に全てを任せる他力本願であり、自らが考えることを放棄し、ただひたすらすがるのみという形をとる。ここには、人の思考が働く余地が全くない。唯一神(仏)によって、人は人のこころを喪失させられているからである。
 日本は違う。世界にまれにみる豊かな自然環境が変わることなく保ち続けられたがゆえに、八百万の神を信ずる多神教の世界でずっと暮らしてこられた。こうした世界では、「信仰」とは、神仏にすがるのではなく、単に神仏は存在するという意識があるだけである。
 従って、ことあるごとに、あるときは山の神に、あるときは川の神に、そして、あるときは仏に対して、自分たちがどう立ち振る舞ったらよいのかを、神仏と一体になって考えてこられたのである。 
 そうして得られた結論が、日本古来の独自の神話であり、民話であり、言い伝えである。当然にして地域の自然環境の違いにより、内容が少しずつ異なったものとなり、また、開発に伴う環境の変化に合わせて内容が変化してきているのである。
 そして、あらゆる神仏を敬いつつ、豊穣の祭などを行って、神仏とともに喜びを分かち合うのである。神仏は近寄りがたい存在ではなく、ごく身近な存在であった。こうして、喜びも悲しみも神仏と共有できる、こころ豊かな文化が育まれたのである。
 このように、日本の宗教文化は先進諸外国の民族と全く異なる。極端に言えば、神仏と自己の同居である。
 神仏と自己の同居については、バラモン教の「梵我一如」の思想と共通するものの、これは、人間の理解を超えるほどに両者の距離が離れているから、同一視できない。これよりも、アマゾン下流域を放浪するグアラニ族の思想である「人間は確かに人間であるが、同時に人間にとっての他なるもの、すなわち神でもある。神ー人間、人間ー神である。」というものに、より近いものである。
 日本では、神仏は超越者ではなく、特に、八百万の神々は神社の拝殿という手が届く所にいらっしゃるのであるから、自然の摂理というものも、間近な存在の神々と一緒になって思考し、十分に認識し得たのである。こうして「対称性の思考」が育まれてきたのである。
 この日本文化の思想の本元であえる「対称性の思考」や「対称性の論理」を、今一度復活させる必要を痛感する。
 小生が思うに、そうした認識の集合が大自然の摂理であって、大自然の真理であり、これは、一神教の世界の人々のように人の知恵では到底分かり得ないものと考えるのではなく、多神教の世界の人々はその思考力でもってその多くを知る得るというスタンスを取ってきたのであろう。