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1.15 ストレス解消の一方法「怒りは紙に書きなぐる」は効果的です [きっかけ]

 2013年10月2日に、このブログを立ち上げ、次のように書きました。 

 表題:怒りは「紙に書いて」しっかり解消しよう
 別立てブログ「薬屋のおやじのボヤキ」で、表題の記事を本日投稿しました。
 怒りにしろ何にしろ嫌なことは早く忘れるに限ります。その一番の方法は「紙に書く」ことだと教えられました。それを教えてくださったのが、「みやざき中央新聞」編集部の西畑良俊さん。(2013年9月16日号の「取材ノート」の記事)
 詳しくは、下記の記事をご覧ください。
    クリック怒りは「紙に書いて」しっかり解消しよう
 小生とて、腹が立つことは度々あります。そうしたときは、このブログに殴り書きして(キーボードが壊れるぐらいに強く叩いて)ストレスを発散することにします。
 ただし、これを読まれる方はたまったものではないでしょうから、公開記事は頭の部分に止め、その続きは非公開記事とさせていただきます。
(以上)

 あれから100日を超えましたが、書いた記事は3本にすぎないものの、書きなぐることによって随分スッキリした気分になりました。
 皆さんにも、改めておすすめしたいです。
 なお、但し書きしたことを守らず、全文を公開にしてしまいましたこと、あしからずお許しください。次回から気をつけます。

1.14 滋養強壮薬を飲まなくなった横着なおふくろに怒り心頭 [おふくろ]

 95歳のおふくろ。一人住まいであるが、週に2回、小生が泊まりに行き、また、毎日顔を合わせるようにしている。悪い所はどこもなく、自分のことは自分でやれる五体満足なおふくろである。もっとも、それなりの体になり、2、300mを歩くには手押し車につかまっていないと腰が痛いようだ。そして、耳が遠くなり、会話がほとんど通じなくなった。困ったのは、夏には暑さのせいか、2年前から、まだらボケが出るようになったことである。

 耳が途端に遠くなったのは平成18年で、30数万円も出して補聴器を買ったのだが、雑音が入りすぎて疲れるからと、2、3か月で使うのを止めてしまった。メーカーの定期的なアフターケアで、1年間は来てもらえた日には着けていたが、翌日には外してしまうという横着さだ。
 それ以降、どんどん耳が遠くなり、平成22年ごろに、1万円ほどの“補聴器もどき”を買い与えた。スピーカー部分を耳に当てれば、マイクで拾った音が大きく聞こえるというもので、けっこう便利なものだ。今、女房が会話するとき、それを耳に当ててやり、重宝してる。しかし、自分でそれを耳に当てようとはしない。“補聴器もどき”をいつも首にぶら下げておけと言っても、そうしたことがない。
 加えて、庭先で小生が何か頼みごとをしようとして、耳元で大きな声で話しても、聞こえないと言うことが多い。十分に聞こえているのだが、自分に都合の悪いことは聞こえない振りをするのである。勝手ツンボだ。

 ところで、おふくろは昔から料理するのが嫌いな御仁である。お祖母さんが元気なうちは、おふくろは料理をほとんどしなかった。お祖母さんが死んでからは、おふくろが料理をするようになったのだが、親父と2人で外食の毎日ということもあった。そして、平成12年に親父が死んでからは、自分一人の料理を作るのが面倒になり、女房が作ったおかずをときどき小生が届けることが多くなった。
 少しは自分で料理しているかと思いきや、さにあらず。そして、おふくろは信じられないほどの大食漢であることを最近知った。元気なはずである。女房が作ったおかずでは大幅に不足し、隣に住む従兄弟に命じてスーパーで惣菜やらヤキソバといったものを頻繁に買いにやらせていたのである。これを2年前に知って、小生と女房がお隣さんに平謝り。いかにも横着だ。よって、それ以降は、女房が毎日たっぷりおかずを届けることにした。

 あの時代にしては珍しく一人っ子だったおふくろだから、お姫様育ちで跡を取り、隣の新家(分家)は子沢山で全員年下とくるから、自分の弟や妹のような扱いをし、それが今でも続いているのである。なお、婿で入った親父も、おふくろの女王様ぶりには随分苦労したようである。
 そうしたことから、家の中のことは自分の好き放題で何事も進めようとするのであり、息子の小生がやろうとすることにも一々口を挟み、自分の気に入る方向へ持って行かそうとする。

 最近は、ますます横着になった。庭先にある畑での野菜作りは面倒だからしなくなった。野菜作りを止めてしまってはボケる元だから、あれこれ画策して農作業をやらせようとしても腰を上げることがなくなった。とうとう昨秋の冬野菜作りは全部小生がやらざるを得なかった。その方が、かえって小生の負担は少ないのだが、体をもてあまし、毎日らしいことを何もしないとボケるだけだ。これが一番怖い。
 昨年の7月に、おふくろが、畑に数メートルの畝を簡単に立てて、何かの種蒔きをした。何を蒔いたかと問うと、“もう直ぐ(正月で)皆が来て餅を食うから正月菜を蒔いた。”と言う。“今日はお盆の1か月前や。ボケ!”と言うと、ポケーンとしている。
 前の夏にも少々おかしなことを言い、軽いボケ症状が出だしたなと思っていたが、これは正真正銘のボケの始まりだ。このまま行くと、本格的なボケになってしまう恐れが大きい。

 そこで、銀杏葉エキス製剤を1日3粒、できたら6粒を、きちんと飲めといってあるのだが、3粒しか飲まず、それが最近、平均すると1、2粒しか飲まなくなった。これは、おふくろが時々悩まされていた、めまいによく効き、10数年前から飲んでいるのだが、初期の軽いボケにもよく効く。
 また、これだけでは不十分と思われ、漢方薬でボケにいいものがあるから、それも飲ませることにした。これを1日2カプセル。それを昨年の夏からは毎日朝晩2カプセルずつに増量。
 さらに、あっちが痛え、こっちが痒い、と、しょっちゅうこぼすから、他に漢方の滋養強壮剤4種類と膝によい健康食品1種類を飲ませることにしている。
 これだけのものを一度に飲むのは大変だから、銀杏葉と滋養強壮剤1種類以外はカプセルを外したりして湯飲みに入れ、お湯を注げば飲めるようにしておいてやり、銀杏葉のビンの脇に置く。そして、晩のためのボケにいい漢方薬と滋養強壮剤1種類の計3カプセルそして銀杏葉3粒をぐい飲みに入れておく。
 ところが、これを飲まない日が最近多くなった。朝、作ろうとすると前の日のものが2つともそのままになっているのである。銀杏葉のビンの中身も減っていない。
 一方で、倉庫に置いてある栄養ドリンク(砂糖が濃厚で飲みやすい)が最近1日1本の割で減っていく。これを毎日飲んで、滋養強壮薬や銀杏葉をあまり飲まなくなったのである。
 
 “いい加減にせえ!”である。
 前の日に飲んでいないときは、“ちゃんと飲め!”と、大きな声で耳元で言うのだが、おふくろは、“ちゃんと飲んどる。”と返事する。“これは昨日のだ。飲んどらんが。”と再び声を張り上げるも、“ちゃんと飲んどる。”と同じ返事が返ってくる。
 とうとう頭に来て、昨日は、おふくろが手鍋で作ってそのまま食べ始めている雑煮、いや、餅だけを醤油煮したもの(庭先から正月菜を摘んで来て入れろ、と言いたい。)の中に、前日飲まなかった湯飲みに入れた粉末をぶちまけてやった。
 “薬もこうやって飲め!”

 ここまで書いて、スッキリした。

11.23 火消し人・おふくろ [おふくろ]

 昨日・今日・明日と穏やかな天気に恵まれるとの天気予報であるから、昨日、2か所の田で野焼きを行った。ナスやピーマンの残骸、柳の枝落としや庭木の剪定ゴミ、枯れた草花や雑草といったものである。
 自宅から離れた田はマイペースで野焼きができ、今日はまだ燃え残りがくすぶっているであろうから1日放置し、明日には完全に燃えつくした灰を畑に撒けばよい。これはいつもどおり順調に事が運ぶ。
 ところで、自宅前の休耕田が問題である。野焼きしていると、95歳にもなるおふくろだが、ちゃんとかぎつけて、飛び火を恐れたり、燃え残りで放火をされはしないか、などなど心配事をあれこれ探し出し、ちゃちを入れる。
 昨日もそうだ。2か所を掛け持ちで野焼きしていたから、離れた田へ燃え残りが燃えやすいように手を入れようとちょっと行っていたら、その間に野焼き場を突いて広げ、早く燃え尽きさせようとしていた。
 耳の遠いおふくろに“まだやりかけだ。広げるな。代われ。”と言って火かき棒を取り上げねばならぬ。おふくろが余計なことをするから、手間がかかってしかたがない。
 それ以上の問題は、おふくろは夕方には水をかけて消したがることだ。
 そこで、“水は絶対にかけるな。灰にして畑に撒くから。何もするな。”と言うと、“分かった。水はかけぇへん。”との返事。
 これも、怪しい。昨年がそうであった。色よい返事をしながら、夕方には隣の従兄弟に命じて水をかけさせてしまった。よって、燃え残りはあるわ、灰の搬出に苦労させられるわで往生した。
 幸い、これはしなかったから助かったが、10時頃に店から自宅へ行ってみると、大きくかき広げられてしまっていた。朝方やったのだろう。おふくろは早く鎮火させようと考えたのだ。無風なのに。
 案じたとおり燃え残りがけっこうあり、できた灰と混ざってしまっている。
 “何でかき広げた。あれでは灰を畑に撒けんわ。”と言うも、“何やて?”と聞こえない素振り。もう一度言うと、だんまりを決め込む。
 まだ熱い灰が少々あったので、小山に作り直し、今日1日燻すことにしたが、これは気休めにしか過ぎず、燃え尽きることはなかろう。
 明日の午前中に灰をかき集め、箱詰めして離れた畑へ持って行き、畑全体に施肥したいのだが、燃え残りや炭になったものが多いだろうから、かさばるし、撒きにくいし、実に弱ったものである。
 おふくろの農法は、灰は使わず化学肥料(種粕とのブレンド)だけであるから、小生こだわりの有機農法(化成肥料は使わず)への理解も全く示さない。
 おふくろは“肥料代がかかりすぎる”と難くせを付けるだけ。
 小生が行なう灰づくりの邪魔を楽しんでいるようにしか思えない“火消し人・おふくろ”である。
(12月8日追記)
 今日も野焼きを行った。朝行い、昼過ぎに離れた畑へ2時間ほど行っていたら、少々風が出てきた。ひょっとすると、燃え残りのくすぶりに、おふくろが水をかけやしないか、心配になった。自宅へ戻ると、案の定、しっかり水をかけられ、灰がベトベト。
 鶏冠にくるー!!
 

10.24 何で高速道路への誘導標識がないんだ! [公共]

 10月20、21日と1泊2日で山中温泉へ行ってきた。以前に、その下にある山代温泉へ行ったことがあり、往きは北陸自動車道の加賀ICから入った。宿に置いてあるパンフレットを見ると、最寄のICはもう一つ福井北ICが表示されている。
 チェックアウトのとき、フロントで敦賀に向かうにはどちらのICから入れば早いか聞いたところ、福井北ICとのこと。
 そこで、一山超えて福井北ICを目指すことにした。
 小生の車にはナビは付いていない。大雑把な方向感覚と道路案内標識に従えばほとんど間違いなく到着できるからだ。
 途中、丸岡ICへの誘導標識があったが、高速道路とは随分離れている感がし、これは無視して先へ進む。
 福井平野らしき所へ出て、そろそろ福井北ICへの誘導標識があってもよさそうと、助手席の女房と2人で見落とさないよう注意して車を進める。
 そして、福井県立大学の際を通る。“へえー、小さな県だが福井には県立大学があるんだ”と女房と感心しながら、南進するも依然として誘導標識は見つからない。途中で右に曲がったり左に曲がったりしながら南へどんどん進み、福井市は過ぎた感がした。次のICはどこか知らないが、道路案内標識に直進は鯖江市とあり、鯖江市には確か鯖江ICがあるはずだから誘導標識がそのうち見つかるだろうと、随分と時間をかけて走り続け、やっと鯖江ICへの誘導標識を見つけ、ほどなくして北陸自動車道に上がった。
 少なくとも30分はロスしたであろう。通ったことのない道を選ばずに、加賀ICへ戻る道を選べば良かったのに…である。
 ここまでのことは、別に腹がたつことではない。
 今朝、当店の開店時刻まで時間があったので、3日前に通った道と福井北ICの位置関係をネットの地図検索で見てみた。
 そしたらどうだ、福井県立大学の直ぐ近くに福井北ICがあるではないか! なんで誘導標識がないんだ!
 これには頭にきた。
 まだある。そこから南進したら福井ICもある。でも、その誘導標識もなかった。いいかげんにせえ!である。
 その間、道路案内標識は幾つもあったが、ICへの誘導表示をしないとは、どういうことだ!
 まだ他にも腹立ちがある。北陸自動車道に乗るのが大幅に遅れたので、その後の予定も順次遅れ、帰りに岐阜市内で買い物をしたかったのだが、暗くなって道を間違えてしまい、大回りになるからと買い物をあきらめざるを得なかった。明るけりゃ、道を間違えなかったものを、である。
 こうして次から次へと憤懣やるかたない気分にさせられてしまった、開店前の今。
 これじゃ、今日1日、面白くない顔で店頭に立つことになり、ますます腹が立つ!
(1時間後に追記)
 こうして書きなぐってしまうと、胸がスーッとして、怒りも納まりますね。やっぱり腹が立ったときは“腹たち日記”なるものに怒りを乗り移らせるにかぎります。

怒りは「紙に書いて」しっかり解消しよう [きっかけ]

 別立てブログ「薬屋のおやじのボヤキ」で、表題の記事を本日投稿しました。
 怒りにしろ何にしろ嫌なことは早く忘れるに限ります。その一番の方法は「紙に書く」ことだと教えられました。それを教えてくださったのが、「みやざき中央新聞」編集部の西畑良俊さん。(2013年9月16日号の「取材ノート」の記事)
 詳しくは、下記の記事をご覧ください。

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 小生とて、腹が立つことは度々あります。そうしたときは、このブログに殴り書きして(キーボードが壊れるぐらいに強く叩いて)ストレスを発散することにします。
 ただし、これを読まれる方はたまったものではないでしょうから、公開記事は頭の部分に止め、その続きは非公開記事とさせていただきます。

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